zizi さんの日記
2013
4月
12
(金)
06:10
本文
連載小説「水の空に眠る」の最終話です。
バックナンバーにタイトルを付けて並べてみました。下記より御参照頂ければと思います。
第一話 寛太の出撃
第二話 出逢い
第三話 DogFight!
第四話 司令官の憂鬱、その過去
第五話 まこの外出
第六話 笹子
第七話 いさこの鼓
第八話 ぽとまんの傷跡
第九話 なぎこの回想夢
第十話 黒猫館の暑い日
第十一話 終戦後
第十ニ話 Live and let live
第十三話 激闘黒猫館
絶望的な危機の中、銃を持ち立ちはだかるまこ、制止しようとするなぎこ、そしていさこの三人娘に運命は委ねられる...
それではいよいよ最終回です!それではどうぞ!
かんなぎの空かんなぎの空 〜「水の空に眠る」main title/zizi
挿入歌にこちらをどうぞ。戦場で死にたい猫はいない/TheKandersさん
------------------------------------------
「水の空に眠る」
最終話 八月の水の空
1945年8月18日 海軍航空隊基地
<寛太さん、助けて!>
その時…耳の良いいさこが最初に気付いた。飛行機の音が近づいて来る…
「栄の音…と、もう一つ…近づいて来る...」
いさこの耳はゼロ戦の発動機音を正確に聞き分けた。しかしもう一機いるという。皆が疑問を口にする間もなくエンジン音が近づきいて来たかと思うと二機の飛行機が横並びの状態で皆の頭上をかすめる程の超低空で通過した。一機は零戦、もう一機は銀色に輝くスマートな機体でアメリカ軍のマークが翼に見えた。
------------------------------------------
同時刻
匂橋付近の河原
ぽとまんは黒猫館で気絶させた兵隊達が簡単には動けない用に服を矧ぎ裸にした上で縛り上げ、その体を河原に転がしている最中に銃声とそれに続く飛行機の爆音を聞いた。
「あれ?樋渡の奴大丈夫かな..しかし何でいま頃零戦が..どっから来たんだ?しかも米軍機と一緒に?」
異変を感じ、ちょっと基地に戻ってみようと思い、トラックを走らせた。基地に戻ると何か慌ただしい。抗戦派と思しき二人の兵隊が残った基地の人間を軟禁しているらしい建物の前で言い合いをしていた。仲間が倒れるのを見て、逃げるか留まるかで言い争っているようだった。
「お二人さん、御苦労様です。只今お仲間は河原で伸びてますよ」
「何だ貴様?」と銃を向ける、と同時にぽとまんの当て身を受けていた。振り向きざまにもう一人を見るともう遠くまで慌てて逃げて行くのが見えた。伸びた兵隊の腰には軟禁場所の営倉の鍵が付いている。すぐに扉を開放すると、中の者達は口々に礼を言ったがぽとまんはちょっと急ぐから、と言い残し滑走路の方へ向かった。
------------------------------------------
同時刻
海軍航空隊基地
「P-51だ!」
爆音に目覚めた由布と樋渡がほぼ同時に叫んだ。皆あっけにとられて上空を眺める。その時「ゴンッ」と音がして拳銃を手にしていた兵士が倒れ込んだ。傍らには須倉がスパナを持って立っている。
「須倉さん...大丈夫だったの?」
なぎこは安堵の表情を浮かべて言った。
「いや、ビックリしました。少し痛かったですが、背中に背負ってた工具達が私を守ってくれましたよ」
須倉は穴の開いたリュックを降ろして苦笑いした。
上空に目を向けると二機は一式陸攻の上を通り過ぎると左右に別れ空中戦を始める。それはまるで危険な舞踏のように見えた。その場にいた全員が何故今頃、日米の戦闘機が空中戦を?という疑問を忘れて手に汗握って見守っていた。速度に勝るP-51が零戦の後方に付いた、かと思うと零戦は機を左右に滑らせて照準から逃れようとする。しかしP-51の軽快さはいつまでもそれを許さなかった。すぐ後方近くまで接近したかと思うと零戦は逃れるように上昇を始め、P-51は自信を持ってそれを追うような機動を見せた。
「ダメだ!零戦の方が多少旋回半径は小さくても...」
「P-51は速度が速いだけでなく運動性能も良いんです!」
由布と樋渡が同時に叫んだその時。宙返りの頂点付近に昇った零戦がふらりとゆらめいたように見えた。失速し、横滑りして斜め旋回をした...かと思うとそれは最小回転半径でP-51の後ろ上方から降下し、下から見ている者にとっては衝突しそうに見えた程接近した。零戦がP-51の後方の位置ををしばし占有した時。
「左捻り込みだ..」樋渡が言ったそれは、零戦の空戦技術の中でも熟練した者だけに可能な機動である。
「あれが出来るのはこの基地では一人しか居なかった...」由布はまさか、と言いたげに呟いた。
P-51はその直後「参った」と言うように翼を振り、その後二機はゆっくりと旋回した後、脚を出して着陸体制に入った。
「...」
まこは呆然とした表情で小銃を握ったままその場に座りこんでいる。なぎこといさこを先頭に皆駆け寄って来た。
「まこちゃん、もうこれいいでしょう?手を放して...」
なぎこは力無く座りこんでいるまこの手から小銃を取り、由布に渡した。
「まこちゃん、大丈夫?」
いさこは慰めるように声をかけた。
「なぎこさん...いさこちゃん..ごめんなさい..私..」
「大丈夫よ、もう...一生懸命だったんだよね...」
「もう終わったんや...もう大丈夫やから」
「うわーん。。。」
まこはこれまで堪えて来た物を一気に吐き出すように泣いた。三人は肩を寄せ、声を出して泣いた。
二機の戦闘機は機体をゆっくりと一式陸攻に寄せ、皆が見守る中搭乗員が降りて来た。P-51からはアメリカ人が苦笑いし、そして零戦からは日本人らしき搭乗員がこちらを見て大声を上げた。
「あれ..おーい!皆こんな所で何してるのぉ!」
その声を聴いたなぎこは瞬間心臓が止まるかと思う程驚いた。聞き覚えのある声...忘れもしない、寛太だった!なぎこは目を凝らして零戦から降りて来た搭乗員を見つめた。
「か、寛太さんなの?!」
「あれ?こいつぁ...寛太さんかい?」
なぎこが叫び、いつの間にか皆の中に混じっているぽとまんがいつもの調子で呟いた時、飛行帽を脱いだ二人の搭乗員がこちらに向かって近づいて来た。かけよるなぎこに二人も駈け足になる。
「カンタ、あれがキミのステディか?早く行けよ」
「ああ...」スティーヴの問いに寛太は照れたような笑いで応えた。
かけ寄って来たなぎこは寛太の前で足を止め、ゆっくりと寛太の顔を眺めた。
「寛太さん...生きてたのね...」
「ええ。なぎこさん..それに皆..こんな所で何やってたんスか?」
なぎこはその呑気な調子の寛太に少し怒ったように言った。
「もう!何言ってるんですか!みんな大変だったんだから...」
そう言いながら手を上げて寛太の胸を叩くような仕草を見せる。
「お帰りなさい...」
しかしそう言って寛太の胸に飛び込んで行った。
「生きてたのね...」
「ええ...途中の島に不時着して...大怪我してしばらく記憶喪失だったんス...」
「そうなんですか..大変だったのね...でも本当に良かった...」
「なぎこさん...只今生きて帰りました...」
寛太はそう言ったままなぎこを抱きしめた。
皆が見守る中いつまでも。
------------------------------------------
8月18日
少し時間を遡ってこの日早朝
シオン達の居る村を離れた後、寛太がスティーヴから持ちかけられた話はこうだった。寛太が恋人と生き別れになった事を知り、協力するとスティーヴは言う。
彼の話では旧日本軍基地接収の事前に調査に行った部隊からの連絡で、九州の基地にはまだ程度の良いゼロ・ファイターが残っている場所がある事が判っている。寛太を米軍の輸送機に乗せるからそこまで行き、ゼロに乗ってなぎこの所に飛べと言う。自分は護衛用のP-51で九州まで飛ぶ。米軍機が誤って攻撃して来ると危険だからそこからなぎこの所まで自分のP-51で一緒に飛んで行くと言う。しかしスティーヴは、真の目的は熟練したパイロットが乗るゼロ・ファイターと模擬空戦で構わないから最期に一戦交えたい、という事を白状した。彼はゼロファイターとそれを手足のように扱う熟練したパイロットに畏怖の念を抱いており、最期に今の乗機P-51で一緒に飛んでみたいと言う。今までどこかにまだ状態の良いゼロファイターと熟練パイロットが残っているのではないかとその機会を伺っていたのだった。一刻も早くなぎこの元へ戻りたい寛太はその条件を受けた。午前中の早い時間に九州南部の基地に米軍と共に飛来した寛太は、スティーヴと示し合わせて二人だけで由布がいる基地まで行く事となり、基地上空に到達した所で模擬空戦に入る事を約束していたのだった。
------------------------------------------
同日夕刻
寛太はひさしぶりに基地や黒猫館の面々と夕餉を共にした。スティーヴは最終的に寛太の乗るゼロ・ファイターに敗れたもののすっきりとした表情を見せ、寛太は出撃後の戦闘と墜落、奄美大島に漂着し、記憶喪失に陥っていた所を親切な家族に助けてもらった事を語ったが、その時寛太の横に座っているなぎこよりも由布の方が先に涙を流し、皆の笑いを誘った。
「親切に看病してくれてたナースはどうだった?」
途中スティーブが悪戯っぽく茶々を入れた。
「ああ、適切な処置と看護をして頂いたおかげで助かったんだ。とても感謝している」
寛太は軽くいなしながらスティーブを睨みつけた。
「本当はそれだけじゃないんだろ?」
とスティーブは構わず続けた。
「馬鹿言うな。何ならもう一回やるか?」
「No,no,そうかいカンタ、そういう事にしといてやるよ...」
「勘弁してくれよ..なぎこさん、俺何も...」
「それ所じゃなかったんでしょ?信用していますから...」
なぎこはそんな二人の様子を眺めながら久しぶりに心の底から笑った。
宴も盛り上がって来た頃、寛太は特攻出撃の前夜、なぎこに歌った歌を今夜は全員の前で歌った。スティーヴは盛んにまこといさこに「Pretty!」を連発していたが、まこに肘鉄を喰らった後P-51の機体に興味を示した須倉に捕まり、飛行機のエンジンを開けて一晩中かかって油まみれになり解説させられた。辟易したスティーブは今度進駐軍の軍属のメカニックとして働けるよう口利きしてやるからと約束した。残りの人員を救出しぽとまんは、土蔵の荷物の整理をすると言い残し店へ戻って行った。樋渡は本当は飛行機の操縦にはまるで自信が無かった事を白状し、父の消息を求めて大陸に渡ると言い残し去って行った。兵士達の反乱未遂があった事、由布はこの事は内密に処理すると言い、寛太とスティーヴの話を聞くうちに自決という選択は思い留まったようであった。
そしてなぎこ達はもう少し黒猫館に居ようか、話し合った。
その夜。黒猫館の寝床でいさこはまこに話かけていた。
「ねえ、まこちゃん...何でなぎこさん今日は一緒に私達と寝れんの?」
「何言うてんねん..野暮な事言うんやないで..」
「ええ..何で?何でなん?」
「もうええから。じゃ。寝るで」
「お腹空いたなぁ...でももう何も無いよね...」
「あのな、いさこちゃん」
「え、なにかあんの?」
「さっき...スティーヴからチョコレート貰ったんや」
「あ〜ズルいや〜ん..私にも頂戴..」
「ほれ。もう一つあるんや」
「ありがと!」
と言ったかと思うといさこは貰ったチョコレートを掴んで寝床から跳ね起き、駆け出した。
「あっ。どこ行くんや!」
「なぎこさんにもあげるんや。いいやろ?」
「やめとき、今行ったらあかんて!」
不意をつかれて慌てたまこはいさこを追いかけ階段を上がったところで、窓の外を眺めているいさことなぎこを見つけて立ち止まった。
「あれ?なぎこさんもこんな所で何を...寛太さんは?」
「ええ、凄く疲れちゃっててすぐに寝ちゃったわよ...大怪我してたし..」
「そうなんやて、まこちゃん。なんで行っちゃだめやったの?」
いさこは不服そうに言う。
「やから..それは..」
まこが言葉に詰まったその時。窓から見えるあの土蔵に何かを感じた。
「あ..」
「まこちゃんも聴こえた?今の...」
「うん...なぎこさん。かすかに...」
「ピアノの音..」
いさこも既に気付いておりなぎこと聞き耳を立てていたらしい。
「きっとじじさんが弾いてるのよ..」
なぎこの言葉にまこといさこも頷く。三人の耳には確かに聴こえた。誰も居るはずのない黒猫館の土蔵から聴こえるピアノの音。その音になぎこ達は懐かしさと暖かさを感じていた。この旋律は寛太の出撃を見送った後、沈みゆく水の中から空を見上げた時の「水の空」の印象と似ている...しかし今は明確に未来への灯火を感じる事が出来る。敗戦国の戦後は厳しい生活が待っているだろう。しかしこれから何があってもしっかりと生きて行こう...私はもう一人ではないんだから...
-完-
----------------------------------------------------------------------
この物語はフィクションであり、登場する人物や団体の名称等は実在のものとは一切関係ありません。
とはいえ、ユーザーの方でモデルが明白である方も多々いらっしゃいました。凪さん、kankanさん、yuuichikさん、potman2さん、YsaeKさん、macoさん、ひわたしさん、Asakoさん、SCRAPSさん、シオナさん。そして裏話等でも御世話になったkimuxさん、なりさん、junさん(ホントすみません)、柊ようさん、この場をお借りしてお詫びすると共に御礼申し上げます。私の勝手な振る舞いによる御出演、大変申し訳ありませんでした。とても言葉を尽くしても言い足りる事ではありませんが、本当にどうもありがとうございました。
エンディングテーマはやはりこちらでしょう。「水の空に眠る」/yuuichikさん
あとがき
皆様。無事最終回を迎える事が出来ました。最後までご愛読頂き誠にありがとうございます。元はといえば校長先生の楽曲のコメント欄にヒントを頂き触発され、気付いた時にはもうMacBookのkeyを叩いていました。第一話(といっても校長先生の文章コピー箇所多かったですが)を一気に書き上げ、掲示した後に主人公のモデルとなるお二人に何も言ってない事に気付いて冷や汗かいたのも今となっては良い思いでです(ホントすみません)。事後承諾という事にしてそのまま進めましたが、途中で予想以上にコメント頂いたりした中から更にインスピレーションが増幅され、ここまで続けて来る事が出来ました。当然これは私一人の力で出来る事ではなく、このGBUCというサイトに巡り会い、ユーザーの皆様に出逢えたおかであると本当に感謝しています。皆様本当に御世話になりました。本当にどうもありがとうございました。
また、落ち着きましたらあとがきのあとがきや外伝などガレブロの方に載せようかとも考えております。今後とも「zizi」の作品、楽曲等掲示して参りますのでおヒマありましたら御覧頂ければ嬉しく思います。それではまたこれからも宜しく御願い致します!
バックナンバーにタイトルを付けて並べてみました。下記より御参照頂ければと思います。
第一話 寛太の出撃
第二話 出逢い
第三話 DogFight!
第四話 司令官の憂鬱、その過去
第五話 まこの外出
第六話 笹子
第七話 いさこの鼓
第八話 ぽとまんの傷跡
第九話 なぎこの回想夢
第十話 黒猫館の暑い日
第十一話 終戦後
第十ニ話 Live and let live
第十三話 激闘黒猫館
絶望的な危機の中、銃を持ち立ちはだかるまこ、制止しようとするなぎこ、そしていさこの三人娘に運命は委ねられる...
それではいよいよ最終回です!それではどうぞ!
かんなぎの空かんなぎの空 〜「水の空に眠る」main title/zizi
挿入歌にこちらをどうぞ。戦場で死にたい猫はいない/TheKandersさん
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「水の空に眠る」
最終話 八月の水の空
1945年8月18日 海軍航空隊基地
<寛太さん、助けて!>
その時…耳の良いいさこが最初に気付いた。飛行機の音が近づいて来る…
「栄の音…と、もう一つ…近づいて来る...」
いさこの耳はゼロ戦の発動機音を正確に聞き分けた。しかしもう一機いるという。皆が疑問を口にする間もなくエンジン音が近づきいて来たかと思うと二機の飛行機が横並びの状態で皆の頭上をかすめる程の超低空で通過した。一機は零戦、もう一機は銀色に輝くスマートな機体でアメリカ軍のマークが翼に見えた。
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同時刻
匂橋付近の河原
ぽとまんは黒猫館で気絶させた兵隊達が簡単には動けない用に服を矧ぎ裸にした上で縛り上げ、その体を河原に転がしている最中に銃声とそれに続く飛行機の爆音を聞いた。
「あれ?樋渡の奴大丈夫かな..しかし何でいま頃零戦が..どっから来たんだ?しかも米軍機と一緒に?」
異変を感じ、ちょっと基地に戻ってみようと思い、トラックを走らせた。基地に戻ると何か慌ただしい。抗戦派と思しき二人の兵隊が残った基地の人間を軟禁しているらしい建物の前で言い合いをしていた。仲間が倒れるのを見て、逃げるか留まるかで言い争っているようだった。
「お二人さん、御苦労様です。只今お仲間は河原で伸びてますよ」
「何だ貴様?」と銃を向ける、と同時にぽとまんの当て身を受けていた。振り向きざまにもう一人を見るともう遠くまで慌てて逃げて行くのが見えた。伸びた兵隊の腰には軟禁場所の営倉の鍵が付いている。すぐに扉を開放すると、中の者達は口々に礼を言ったがぽとまんはちょっと急ぐから、と言い残し滑走路の方へ向かった。
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同時刻
海軍航空隊基地
「P-51だ!」
爆音に目覚めた由布と樋渡がほぼ同時に叫んだ。皆あっけにとられて上空を眺める。その時「ゴンッ」と音がして拳銃を手にしていた兵士が倒れ込んだ。傍らには須倉がスパナを持って立っている。
「須倉さん...大丈夫だったの?」
なぎこは安堵の表情を浮かべて言った。
「いや、ビックリしました。少し痛かったですが、背中に背負ってた工具達が私を守ってくれましたよ」
須倉は穴の開いたリュックを降ろして苦笑いした。
上空に目を向けると二機は一式陸攻の上を通り過ぎると左右に別れ空中戦を始める。それはまるで危険な舞踏のように見えた。その場にいた全員が何故今頃、日米の戦闘機が空中戦を?という疑問を忘れて手に汗握って見守っていた。速度に勝るP-51が零戦の後方に付いた、かと思うと零戦は機を左右に滑らせて照準から逃れようとする。しかしP-51の軽快さはいつまでもそれを許さなかった。すぐ後方近くまで接近したかと思うと零戦は逃れるように上昇を始め、P-51は自信を持ってそれを追うような機動を見せた。
「ダメだ!零戦の方が多少旋回半径は小さくても...」
「P-51は速度が速いだけでなく運動性能も良いんです!」
由布と樋渡が同時に叫んだその時。宙返りの頂点付近に昇った零戦がふらりとゆらめいたように見えた。失速し、横滑りして斜め旋回をした...かと思うとそれは最小回転半径でP-51の後ろ上方から降下し、下から見ている者にとっては衝突しそうに見えた程接近した。零戦がP-51の後方の位置ををしばし占有した時。
「左捻り込みだ..」樋渡が言ったそれは、零戦の空戦技術の中でも熟練した者だけに可能な機動である。
「あれが出来るのはこの基地では一人しか居なかった...」由布はまさか、と言いたげに呟いた。
P-51はその直後「参った」と言うように翼を振り、その後二機はゆっくりと旋回した後、脚を出して着陸体制に入った。
「...」
まこは呆然とした表情で小銃を握ったままその場に座りこんでいる。なぎこといさこを先頭に皆駆け寄って来た。
「まこちゃん、もうこれいいでしょう?手を放して...」
なぎこは力無く座りこんでいるまこの手から小銃を取り、由布に渡した。
「まこちゃん、大丈夫?」
いさこは慰めるように声をかけた。
「なぎこさん...いさこちゃん..ごめんなさい..私..」
「大丈夫よ、もう...一生懸命だったんだよね...」
「もう終わったんや...もう大丈夫やから」
「うわーん。。。」
まこはこれまで堪えて来た物を一気に吐き出すように泣いた。三人は肩を寄せ、声を出して泣いた。
二機の戦闘機は機体をゆっくりと一式陸攻に寄せ、皆が見守る中搭乗員が降りて来た。P-51からはアメリカ人が苦笑いし、そして零戦からは日本人らしき搭乗員がこちらを見て大声を上げた。
「あれ..おーい!皆こんな所で何してるのぉ!」
その声を聴いたなぎこは瞬間心臓が止まるかと思う程驚いた。聞き覚えのある声...忘れもしない、寛太だった!なぎこは目を凝らして零戦から降りて来た搭乗員を見つめた。
「か、寛太さんなの?!」
「あれ?こいつぁ...寛太さんかい?」
なぎこが叫び、いつの間にか皆の中に混じっているぽとまんがいつもの調子で呟いた時、飛行帽を脱いだ二人の搭乗員がこちらに向かって近づいて来た。かけよるなぎこに二人も駈け足になる。
「カンタ、あれがキミのステディか?早く行けよ」
「ああ...」スティーヴの問いに寛太は照れたような笑いで応えた。
かけ寄って来たなぎこは寛太の前で足を止め、ゆっくりと寛太の顔を眺めた。
「寛太さん...生きてたのね...」
「ええ。なぎこさん..それに皆..こんな所で何やってたんスか?」
なぎこはその呑気な調子の寛太に少し怒ったように言った。
「もう!何言ってるんですか!みんな大変だったんだから...」
そう言いながら手を上げて寛太の胸を叩くような仕草を見せる。
「お帰りなさい...」
しかしそう言って寛太の胸に飛び込んで行った。
「生きてたのね...」
「ええ...途中の島に不時着して...大怪我してしばらく記憶喪失だったんス...」
「そうなんですか..大変だったのね...でも本当に良かった...」
「なぎこさん...只今生きて帰りました...」
寛太はそう言ったままなぎこを抱きしめた。
皆が見守る中いつまでも。
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8月18日
少し時間を遡ってこの日早朝
シオン達の居る村を離れた後、寛太がスティーヴから持ちかけられた話はこうだった。寛太が恋人と生き別れになった事を知り、協力するとスティーヴは言う。
彼の話では旧日本軍基地接収の事前に調査に行った部隊からの連絡で、九州の基地にはまだ程度の良いゼロ・ファイターが残っている場所がある事が判っている。寛太を米軍の輸送機に乗せるからそこまで行き、ゼロに乗ってなぎこの所に飛べと言う。自分は護衛用のP-51で九州まで飛ぶ。米軍機が誤って攻撃して来ると危険だからそこからなぎこの所まで自分のP-51で一緒に飛んで行くと言う。しかしスティーヴは、真の目的は熟練したパイロットが乗るゼロ・ファイターと模擬空戦で構わないから最期に一戦交えたい、という事を白状した。彼はゼロファイターとそれを手足のように扱う熟練したパイロットに畏怖の念を抱いており、最期に今の乗機P-51で一緒に飛んでみたいと言う。今までどこかにまだ状態の良いゼロファイターと熟練パイロットが残っているのではないかとその機会を伺っていたのだった。一刻も早くなぎこの元へ戻りたい寛太はその条件を受けた。午前中の早い時間に九州南部の基地に米軍と共に飛来した寛太は、スティーヴと示し合わせて二人だけで由布がいる基地まで行く事となり、基地上空に到達した所で模擬空戦に入る事を約束していたのだった。
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同日夕刻
寛太はひさしぶりに基地や黒猫館の面々と夕餉を共にした。スティーヴは最終的に寛太の乗るゼロ・ファイターに敗れたもののすっきりとした表情を見せ、寛太は出撃後の戦闘と墜落、奄美大島に漂着し、記憶喪失に陥っていた所を親切な家族に助けてもらった事を語ったが、その時寛太の横に座っているなぎこよりも由布の方が先に涙を流し、皆の笑いを誘った。
「親切に看病してくれてたナースはどうだった?」
途中スティーブが悪戯っぽく茶々を入れた。
「ああ、適切な処置と看護をして頂いたおかげで助かったんだ。とても感謝している」
寛太は軽くいなしながらスティーブを睨みつけた。
「本当はそれだけじゃないんだろ?」
とスティーブは構わず続けた。
「馬鹿言うな。何ならもう一回やるか?」
「No,no,そうかいカンタ、そういう事にしといてやるよ...」
「勘弁してくれよ..なぎこさん、俺何も...」
「それ所じゃなかったんでしょ?信用していますから...」
なぎこはそんな二人の様子を眺めながら久しぶりに心の底から笑った。
宴も盛り上がって来た頃、寛太は特攻出撃の前夜、なぎこに歌った歌を今夜は全員の前で歌った。スティーヴは盛んにまこといさこに「Pretty!」を連発していたが、まこに肘鉄を喰らった後P-51の機体に興味を示した須倉に捕まり、飛行機のエンジンを開けて一晩中かかって油まみれになり解説させられた。辟易したスティーブは今度進駐軍の軍属のメカニックとして働けるよう口利きしてやるからと約束した。残りの人員を救出しぽとまんは、土蔵の荷物の整理をすると言い残し店へ戻って行った。樋渡は本当は飛行機の操縦にはまるで自信が無かった事を白状し、父の消息を求めて大陸に渡ると言い残し去って行った。兵士達の反乱未遂があった事、由布はこの事は内密に処理すると言い、寛太とスティーヴの話を聞くうちに自決という選択は思い留まったようであった。
そしてなぎこ達はもう少し黒猫館に居ようか、話し合った。
その夜。黒猫館の寝床でいさこはまこに話かけていた。
「ねえ、まこちゃん...何でなぎこさん今日は一緒に私達と寝れんの?」
「何言うてんねん..野暮な事言うんやないで..」
「ええ..何で?何でなん?」
「もうええから。じゃ。寝るで」
「お腹空いたなぁ...でももう何も無いよね...」
「あのな、いさこちゃん」
「え、なにかあんの?」
「さっき...スティーヴからチョコレート貰ったんや」
「あ〜ズルいや〜ん..私にも頂戴..」
「ほれ。もう一つあるんや」
「ありがと!」
と言ったかと思うといさこは貰ったチョコレートを掴んで寝床から跳ね起き、駆け出した。
「あっ。どこ行くんや!」
「なぎこさんにもあげるんや。いいやろ?」
「やめとき、今行ったらあかんて!」
不意をつかれて慌てたまこはいさこを追いかけ階段を上がったところで、窓の外を眺めているいさことなぎこを見つけて立ち止まった。
「あれ?なぎこさんもこんな所で何を...寛太さんは?」
「ええ、凄く疲れちゃっててすぐに寝ちゃったわよ...大怪我してたし..」
「そうなんやて、まこちゃん。なんで行っちゃだめやったの?」
いさこは不服そうに言う。
「やから..それは..」
まこが言葉に詰まったその時。窓から見えるあの土蔵に何かを感じた。
「あ..」
「まこちゃんも聴こえた?今の...」
「うん...なぎこさん。かすかに...」
「ピアノの音..」
いさこも既に気付いておりなぎこと聞き耳を立てていたらしい。
「きっとじじさんが弾いてるのよ..」
なぎこの言葉にまこといさこも頷く。三人の耳には確かに聴こえた。誰も居るはずのない黒猫館の土蔵から聴こえるピアノの音。その音になぎこ達は懐かしさと暖かさを感じていた。この旋律は寛太の出撃を見送った後、沈みゆく水の中から空を見上げた時の「水の空」の印象と似ている...しかし今は明確に未来への灯火を感じる事が出来る。敗戦国の戦後は厳しい生活が待っているだろう。しかしこれから何があってもしっかりと生きて行こう...私はもう一人ではないんだから...
-完-
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この物語はフィクションであり、登場する人物や団体の名称等は実在のものとは一切関係ありません。
とはいえ、ユーザーの方でモデルが明白である方も多々いらっしゃいました。凪さん、kankanさん、yuuichikさん、potman2さん、YsaeKさん、macoさん、ひわたしさん、Asakoさん、SCRAPSさん、シオナさん。そして裏話等でも御世話になったkimuxさん、なりさん、junさん(ホントすみません)、柊ようさん、この場をお借りしてお詫びすると共に御礼申し上げます。私の勝手な振る舞いによる御出演、大変申し訳ありませんでした。とても言葉を尽くしても言い足りる事ではありませんが、本当にどうもありがとうございました。
エンディングテーマはやはりこちらでしょう。「水の空に眠る」/yuuichikさん
あとがき
皆様。無事最終回を迎える事が出来ました。最後までご愛読頂き誠にありがとうございます。元はといえば校長先生の楽曲のコメント欄にヒントを頂き触発され、気付いた時にはもうMacBookのkeyを叩いていました。第一話(といっても校長先生の文章コピー箇所多かったですが)を一気に書き上げ、掲示した後に主人公のモデルとなるお二人に何も言ってない事に気付いて冷や汗かいたのも今となっては良い思いでです(ホントすみません)。事後承諾という事にしてそのまま進めましたが、途中で予想以上にコメント頂いたりした中から更にインスピレーションが増幅され、ここまで続けて来る事が出来ました。当然これは私一人の力で出来る事ではなく、このGBUCというサイトに巡り会い、ユーザーの皆様に出逢えたおかであると本当に感謝しています。皆様本当に御世話になりました。本当にどうもありがとうございました。
また、落ち着きましたらあとがきのあとがきや外伝などガレブロの方に載せようかとも考えております。今後とも「zizi」の作品、楽曲等掲示して参りますのでおヒマありましたら御覧頂ければ嬉しく思います。それではまたこれからも宜しく御願い致します!
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zizi | 投稿日時: 2013-4-14 6:10 更新日時: 2013-4-14 6:12 |
登録日: 2008-4-25 居住地: 投稿数: 3247 |
須倉歩氏へ SCRAPSさん、長い間ご愛読頂きまことにありがとうございます!
思えば最初の頃、SCRAPSさんにちょくちょくコメント頂くようになり、 「おっ!」と思っていた所に出演してもいいよとのお話まで頂きまして、 「須倉 歩」なる登場人物が誕生したのでした。「第七話 いさこの鼓」 の話に合わせてキャラ設定する事が出来て何と言いますか、書いてて自分で 面白かったです(笑)。そうですね、私も脳内ではこの物語の後須倉は.... 最後に少し出てたようにスティーブの口利きで進駐軍の軍属として整備の 仕事に付き、新しい技術をどんどん吸収して行きます。その熱心さを買われて アメリカに来ないかと誘われ、渡米、その後アメリカに居座りメカニックを 続ける。そしてその夢は、リノ・エアレースでいつの日か日本機を飛ばす事。 みたいな。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%8E%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B9 オマケにSCRAPSさんの創造力といいますか、妄想力もナカナカすんごくて、 とても刺激になりました。三好女史も好きですし、これだけの妄想力を お持ちなら連載の二〜三本いけそうです(笑) いや、kankanさんとの話は特に具体的に何かあるワケじゃないんです。 しかしそうですね〜もしも何か書くんならどんなのがいいかな? 自分は本はSFと歴史物と戦記物とミステリ位しか読まないので青春小説とか 読んで研究してみようかな(今更遅すぎ〜) ともかくどうもありがとうございます! あ、裏話でまた三好女史など登場して頂くかもしれません〜! それでは妄想劇場の始まり〜(爆) ------------------------------------------- 最終回の放映後。zizi監督は着信に気付いた。相手が須倉氏の敏腕マネージャー、三好女史である事を視界に捉えつつそのガラケーを手に取る。 三好「あ、zizi監督。いつもお世話になっております。」 zizi「お。その声はエリカちゃんだね。どうもお疲れ様!」 三好「ハイッ、どうもぉ〜。そうですぅ、エリカでっす。ウレシィ〜、監督、私の声覚えてくださってるんですね」 zizi「勿論。私は聡明な女性の声は一度聞いたら忘れない、しかしエリカちゃん、貴方はそれに加えて美しさとメガネを備えている。これを忘れる事が出来る男性がこの世に果たしているだろうか」 三好「ハイ、ハイ。えぇ、そうなんですよぉ、たぶん居ないと思います。」 zizi「そうだよね。あれ?そういえばさっき須倉氏から<zizi監督、お疲れ様でし>で途切れたメール来てたけど何か聞いてます?」 三好「あ、全く気にしないで下さい。全然平気ですからね〜」 zizi「あ、そうだ、今度打ち上げパーティ来るね?」 三好「ええ、勿論出席させて頂きますよ」 zizi「じゃ、その時遭えるのを楽しみにしてるから」 三好「zizi監督...覚えていらっしゃってたんですね...」 http://gbuc.net/modules/myalbum/photo.php?lid=15411&com_id=167748&com_rootid=167682&com_mode=thread&#comment167748 zizi「え...?」 三好「目の前でピアノ弾いて頂けるって。私楽しみにしてますから!あ、キャッチ入ったんでこれで失礼します!」 そそくさと電話は切れてしまった。zizi監督は呆然と呟いた。 zizi「どうしよう....」 ------------------------------------------- |
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