zizi さんの日記
2015
6月
9
(火)
20:40
本文
風に尋ねて 第十二話
そして3月。最初の日曜日、陽代子ちゃんは東京の実技試験会場に出かけて行った。ボクは自分の事ではないのにドキドキしながら長い一日を過ごし、翌日登校すると朝一番にその時の話を聞いた。内容は彼女なりに、今の時点ではこれ以上の事は出来ないだろうと言う、やり切った感じはあったらしい。それならきっと大丈夫だよ、と自分の言う事なんか当てにならない事は百も承知ながらもボクはそう言った。その時彼女がちょっと複雑な表情を浮かべたのは「そんなに簡単じゃないのよ」という意味なのかそれとも違う意味なのか判別はつかないままだった。
それからボクは不安と期待が入り混じった焦れったい気持ちで過ごし、もうすぐ春休みが近づいて来た頃。二次試験の結果は郵送されて来るそうで、そろそろ結果が出る時期になった。ちょっと暖かくなって来た事もあり、ボクと陽代子ちゃんは久しぶりに二人で屋上に行って話をした。
「あのさ、結果、もうすぐ...だよね」
「うん...そうね」
「そんな心配しなくてもいいんじゃない?大丈夫だよ...」
「そうかな...」
そう言って彼女は遠くに瞳をやった。
「どうしたの?きっと大丈夫だよ」
少し間があった後、彼女はボクの方を見て応えた。
「...結果がわかったら教えるね」
「え...うん...あ、でも無理しないでね」
そう言いながらも、ボク自身は本当はどうなる事を望んでいるんだろうか...と、またもそんな気持ちが頭をもたげ、それ以上言葉をかける事が出来なくなってしまった。たぶん、お互いそれ以上何て言ったら良いのか分からなかったんだと思う。彼女とそんな話をした以外は、学校では普通通りに過ごし、いつも通りボクはカンちゃんやハル達とくだらない話をし、放課後になると部活に行って練習をし、陽代子ちゃんは時々小音楽室を使って練習をしていた。
しかし、そんなボクの心中など全く意に介す事無く、時は淡々と進む。そして土曜日の夜、遂にその日はやって来た。ベッドの中で何となく眠れずにいると、メールの着信があったんだ。相手は...陽代子ちゃんだった。心臓がドキンと音をたてる。
>ジジ君へ
タイトルにはそう書いてあった。本文を開く。
>夜遅くごめんね。
>結果郵送されて来たんだけど、不合格でした。
>練習いつも付き合ってくれたのにゴメンね、
>でもこれで諦めがついたかな...
>今までありがとう。じゃあまた。
ああ...ボクは思わず両手で顔を覆った。毎日毎日アルバイトしながら練習に励んでいた姿を誰よりも近くで目の当たりにし、もう二次試験も通過するんだと勝手に考えてたボクには、こんな時にかけるべき言葉が見付からなかった。
>そっか...残念だったけど元気出してね。
ボクはその続きに何て言って良いのか一生懸命考えた。
>でも一生懸命頑張ったし
ここまで書いて消去した。ボクが一生懸命頑張れば何とかなるなんて言ったんだった。
>でも練習した時間は無駄じゃなかったと思う。また頑張ろうよ。
また消去した。今の彼女にとってはそんな簡単に一言で片付けられる問題じゃない。
>また学校でね。
結局何て書いて良いかわからずに短く書いて返信した。眠れないまま目をつぶってじっと考えてると、気付かないフリしておさえようとしても、どうしてもあの思い、あれだけ頑張ってたのに残念だ...って思いと、これで来年も一緒に居る事が出来る...って頭に浮かんで来てしまう....そしてその時、以前から芽生えていた苦しさが自己嫌悪に姿を変えた。
*
翌日は日曜日だった。ボクは朝から部活に出かけた。今日は小音楽室は吹奏楽部が使用する事になっていて、彼女と顔を合わせなくて済むらしい事に少しホッとする。彼女の不採用とは裏腹に部活の方は全体的に昇り調子だった。一つ上の学年の先輩達は元々上手い人が多かったけれど、きっと指導の仕方も良かったんだろう、ボクの学年の部員達もメキメキと腕を上げて来つつあった。
「ジジ、お疲れ。あれ?あの娘、もうピアノの練習しないの?」
「ええ、たぶん...それに来月から吹部の練習時間伸びますよね?」
「ああ、そうだな。お前らの学年皆上手くなったし、今年のコンクール頑張ろうな」
「はい、今年は県大会行きたいですね」
先輩とそんな話をしながら午後三時には練習を終え、家に帰る途中。メッセージが入る。陽代子ちゃんからだった。
>今日どうしてる?部活?
>部活だったけど今終わった所
>今電車の中?
>まだ駅に向かってる途中
その直後、着信が入った。陽代子ちゃんからの電話だった...
『急にごめんね』
『いや、そんな事...』
ボクは全く心の準備が出来ていなくて、ちょっとしどろもどろでそう応えた。
『お疲れさま。日曜日も頑張ってるんだね』
『うん、今終わったばっかでさ...』
ボクの心臓が苦しそうに音をたててる。
『そっか。実は私もね、今バイト上がったばかりなの』
『そうなの?そっちこそ大変だね、お疲れさま』
『うん、ありがと。あのさ...これから会えないかな』
今度は心が軋むような音を聞いた。
ボクも会いたいと思った。
直接会って話したいと思った。
もっと近くに居たいと思った。
『ごめん。ちょっと会えない』
でも出て来言葉は言葉はそれだった。
少しの間、沈黙が流れる。
『そっか...じゃ、またね』
『うん、また』
ようやくそう話を結び、通話を終えた。そしてボクは今、そのちょっとがっかりした感じを悟らせないように装う彼女の返事を聞きながら、自分自身は彼女の夢が叶わなかった事に安堵している。その事に慄然として、とてつもなく苦味走った感情が心の中を貫き、短い時間に何度も何度も自問自答する。
『ボクは本当は...彼女の夢が叶わない事を望んでいたのか?』
昨日の夜、頭を過ぎった思いが今はとてつもなく重苦しくのしかかる。そんな今の自分がとても嫌だった。だけどそんな気持ちを彼女に見透かされるのはもっと嫌だった。
それから、何となく...何となくだけど、学校で顔を合わせても必要最小限の言葉しか交わさなくなり、そのまま春休みに突入し、ボクたちは高校二年生になった。
そして3月。最初の日曜日、陽代子ちゃんは東京の実技試験会場に出かけて行った。ボクは自分の事ではないのにドキドキしながら長い一日を過ごし、翌日登校すると朝一番にその時の話を聞いた。内容は彼女なりに、今の時点ではこれ以上の事は出来ないだろうと言う、やり切った感じはあったらしい。それならきっと大丈夫だよ、と自分の言う事なんか当てにならない事は百も承知ながらもボクはそう言った。その時彼女がちょっと複雑な表情を浮かべたのは「そんなに簡単じゃないのよ」という意味なのかそれとも違う意味なのか判別はつかないままだった。
それからボクは不安と期待が入り混じった焦れったい気持ちで過ごし、もうすぐ春休みが近づいて来た頃。二次試験の結果は郵送されて来るそうで、そろそろ結果が出る時期になった。ちょっと暖かくなって来た事もあり、ボクと陽代子ちゃんは久しぶりに二人で屋上に行って話をした。
「あのさ、結果、もうすぐ...だよね」
「うん...そうね」
「そんな心配しなくてもいいんじゃない?大丈夫だよ...」
「そうかな...」
そう言って彼女は遠くに瞳をやった。
「どうしたの?きっと大丈夫だよ」
少し間があった後、彼女はボクの方を見て応えた。
「...結果がわかったら教えるね」
「え...うん...あ、でも無理しないでね」
そう言いながらも、ボク自身は本当はどうなる事を望んでいるんだろうか...と、またもそんな気持ちが頭をもたげ、それ以上言葉をかける事が出来なくなってしまった。たぶん、お互いそれ以上何て言ったら良いのか分からなかったんだと思う。彼女とそんな話をした以外は、学校では普通通りに過ごし、いつも通りボクはカンちゃんやハル達とくだらない話をし、放課後になると部活に行って練習をし、陽代子ちゃんは時々小音楽室を使って練習をしていた。
しかし、そんなボクの心中など全く意に介す事無く、時は淡々と進む。そして土曜日の夜、遂にその日はやって来た。ベッドの中で何となく眠れずにいると、メールの着信があったんだ。相手は...陽代子ちゃんだった。心臓がドキンと音をたてる。
>ジジ君へ
タイトルにはそう書いてあった。本文を開く。
>夜遅くごめんね。
>結果郵送されて来たんだけど、不合格でした。
>練習いつも付き合ってくれたのにゴメンね、
>でもこれで諦めがついたかな...
>今までありがとう。じゃあまた。
ああ...ボクは思わず両手で顔を覆った。毎日毎日アルバイトしながら練習に励んでいた姿を誰よりも近くで目の当たりにし、もう二次試験も通過するんだと勝手に考えてたボクには、こんな時にかけるべき言葉が見付からなかった。
>そっか...残念だったけど元気出してね。
ボクはその続きに何て言って良いのか一生懸命考えた。
>でも一生懸命頑張ったし
ここまで書いて消去した。ボクが一生懸命頑張れば何とかなるなんて言ったんだった。
>でも練習した時間は無駄じゃなかったと思う。また頑張ろうよ。
また消去した。今の彼女にとってはそんな簡単に一言で片付けられる問題じゃない。
>また学校でね。
結局何て書いて良いかわからずに短く書いて返信した。眠れないまま目をつぶってじっと考えてると、気付かないフリしておさえようとしても、どうしてもあの思い、あれだけ頑張ってたのに残念だ...って思いと、これで来年も一緒に居る事が出来る...って頭に浮かんで来てしまう....そしてその時、以前から芽生えていた苦しさが自己嫌悪に姿を変えた。
*
翌日は日曜日だった。ボクは朝から部活に出かけた。今日は小音楽室は吹奏楽部が使用する事になっていて、彼女と顔を合わせなくて済むらしい事に少しホッとする。彼女の不採用とは裏腹に部活の方は全体的に昇り調子だった。一つ上の学年の先輩達は元々上手い人が多かったけれど、きっと指導の仕方も良かったんだろう、ボクの学年の部員達もメキメキと腕を上げて来つつあった。
「ジジ、お疲れ。あれ?あの娘、もうピアノの練習しないの?」
「ええ、たぶん...それに来月から吹部の練習時間伸びますよね?」
「ああ、そうだな。お前らの学年皆上手くなったし、今年のコンクール頑張ろうな」
「はい、今年は県大会行きたいですね」
先輩とそんな話をしながら午後三時には練習を終え、家に帰る途中。メッセージが入る。陽代子ちゃんからだった。
>今日どうしてる?部活?
>部活だったけど今終わった所
>今電車の中?
>まだ駅に向かってる途中
その直後、着信が入った。陽代子ちゃんからの電話だった...
『急にごめんね』
『いや、そんな事...』
ボクは全く心の準備が出来ていなくて、ちょっとしどろもどろでそう応えた。
『お疲れさま。日曜日も頑張ってるんだね』
『うん、今終わったばっかでさ...』
ボクの心臓が苦しそうに音をたててる。
『そっか。実は私もね、今バイト上がったばかりなの』
『そうなの?そっちこそ大変だね、お疲れさま』
『うん、ありがと。あのさ...これから会えないかな』
今度は心が軋むような音を聞いた。
ボクも会いたいと思った。
直接会って話したいと思った。
もっと近くに居たいと思った。
『ごめん。ちょっと会えない』
でも出て来言葉は言葉はそれだった。
少しの間、沈黙が流れる。
『そっか...じゃ、またね』
『うん、また』
ようやくそう話を結び、通話を終えた。そしてボクは今、そのちょっとがっかりした感じを悟らせないように装う彼女の返事を聞きながら、自分自身は彼女の夢が叶わなかった事に安堵している。その事に慄然として、とてつもなく苦味走った感情が心の中を貫き、短い時間に何度も何度も自問自答する。
『ボクは本当は...彼女の夢が叶わない事を望んでいたのか?』
昨日の夜、頭を過ぎった思いが今はとてつもなく重苦しくのしかかる。そんな今の自分がとても嫌だった。だけどそんな気持ちを彼女に見透かされるのはもっと嫌だった。
それから、何となく...何となくだけど、学校で顔を合わせても必要最小限の言葉しか交わさなくなり、そのまま春休みに突入し、ボクたちは高校二年生になった。
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投稿者 | スレッド |
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zizi | 投稿日時: 2015-6-20 18:28 更新日時: 2015-6-20 18:28 |
登録日: 2008-4-25 居住地: 投稿数: 3247 |
Re[2]: 風に尋ねて 第12話>SCRAPSさんへ SCRAPSさん続けてどうもありがとうございます!
う〜ん今回は...実は次のクールの途中までは大体話作ってるのですが、 それ以降の終盤が出来てないんですよ(言ってしまった) なのでもしかしたら...3クール目に突入する可能性もあります。 ええ、そうです不器用ですね..何か言わなくちゃと思って 考えまとまらないうちにこんなん言っちゃいました... さてこれからどうなりますやら... それと、おお。「響け! ユーフォニアム」見てます! 今のクールではこれだけです。 しかし実情を良く取材してるな〜と感心してます。 それと低音楽器に光が当たったのは本当に良かったですね。 これでチューバ担当の希望者も増えるかもしれません〜 しかしあれ見てて懐かしいやら「これある〜」とか色々思い出します。 部員の意見の食い違いでちょっとギスギスする所とか、 あ、それと私が3年で引退してから一学年下の代で実際に 部員同士の意見の対立があって、大量に退部した事あったんですよ... 私が可愛がってた同じパートの女子の後輩もその時辞めちゃって... 当時でしたからね、お詫びの手紙を頂きまして、とても胸が痛んだのを 思い出してます。 さて小説の方はまだまだ続きます。 また宜しくお願い致します〜! |
SCRAPS | 投稿日時: 2015-6-19 21:43 更新日時: 2015-6-19 21:43 |
ターミネーター 登録日: 2007-1-27 居住地: 宮崎市 投稿数: 1424 |
Re: 風に尋ねて 第12話 いよいよ次回から2クール目に入るのですね。
前作も24話完結でちょうど2クールでしたが、今回もそれくらいの予定なのでしょうかね。 いやぁ、ジジ少年はピュアで不器用でなんかいいですよね〜。 そうそう、あまりテレビもアニメもたくさん見る方ではないのですが、今期やっている「響け! ユーフォニアム」というアニメは見ているんですけど、ご覧になってます? ブラスバンド部もので主人公がなんと私の好きなユーフォを担当しているんですよ(笑) 青春期の不器用さがやっぱりいいんですよね。 投稿されたらメールが届くように設定してるのでいつもちゃんと読ませていただいてます。 なかなかコメントしなくて申し訳ないです。 また楽しみにしています。 |
zizi | 投稿日時: 2015-6-18 22:30 更新日時: 2015-6-18 22:30 |
登録日: 2008-4-25 居住地: 投稿数: 3247 |
あとがき お読み頂きありがとうございます。今頃後書き書いてます。
さて。一年生も終わりちょっと一区切りです(どこがや)。 12話にてテレビなら1クール終了、次回より2クール目に突入、 主な登場人物は皆高校2年生となります。 なんとも微妙な距離感があるなか、どうなりますやら... そして2クールにはいよいよ紺野さんが登場となります。 え?誰かって?「Blue mirage」の登場人物のあの方です。 (下記参照) それではまたゆったり参ります〜 登場人物 時次 航佑 :ジジ。高校1年生。吹奏楽部所属。 桜井 陽代子 :ヒヨコ。中途半端な時期にやって来た転校生。 喜屋武 寛太 :カンちゃん。クラスメイト。ライブハウス「kanders」に出入り。 幸田 春雄 :ハル。クラスメイト。女子の情報収集に余念が無い。 紺野 眞子 :マコ。ジジ中学時代の同級生。(いつ出てくるのか?) ゴリ先生;ホントの名前は城園 梁。クラスの担任。 貫太郎:ライブハウス「Kanders」マスター。結構年配です。 凪子:ライブハウス「Kanders」スタッフ。アラサー位?の美人です。 |
zizi | 投稿日時: 2015-6-12 21:13 更新日時: 2015-6-12 21:13 |
登録日: 2008-4-25 居住地: 投稿数: 3247 |
キム教授へ キム教授どうもありがとうございます!
またやってしまいました。ネガな感情に支配され、何と言って良いのか 考えがまとまらなくてどうしようと思っているうちに何か言わなくちゃと 思って唐突に口走ってしまいました。さてさて... 「諦めて妥協するくらいなら、諦めないで後悔した方がいいんじゃないでしょうか」 ゆかち...じゃなくて埼玉県飯能市在住(という設定の作品の登場人物)の 女子高生登山愛好家、雪村あおい嬢のお言葉ですが、ジジ少年も これくらい言えたら良かったのですが(笑) そいうえばりんご音楽始まりますね、日本での受けはどうでしょうか!? |
kimux | 投稿日時: 2015-6-11 21:27 更新日時: 2015-6-11 21:27 |
登録日: 2004-2-11 居住地: 地球 投稿数: 6943 |
Re: 風に尋ねて 第12話 いやあ、どう声をかければいいか、わからないですよね〜。
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