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zizi さんの日記

 
2012
11月 2
(金)
06:33
zizi通信 10 「水の空に眠る」第七話
本文
連載小説「水の空に眠る」の第七話です。

これまでの経緯、バックナンバー及び外伝、関連楽曲等は下記御参照頂ければと思います。

第一話〜第六話
「君十七の月ほの暗く」/yuuichikさんの外伝曲
「À la fracture de jour」/SCRAPSさん
「彼方から」/ziziの外伝曲

主な登場人物(今回登場しない方含む)
簡寛太 海軍航空隊に所属する特攻隊員
なぎこ 航空隊のある町の花街にいた美しい娘「なぎこ」
由布 一 寛太の基地の司令官
ぽとまん「黒猫館」常連客で萬商店「土瓶屋」の主
いさこ なぎこと同じ店で働く娘。声の美しい、恥ずかしがり屋。
まこ なぎこと同じ店で働く娘。おきゃんで元気、だけど寂しがり屋。
じじ 彼女たちを束ねる怪しい料亭「黒猫館」のあるじ。
樋渡干記  大陸帰りの従軍記者。過去経歴に謎の部分有り。
シオン 寛太が漂着した村の美しい娘
笹子 古ぼけた写真に写っていた女性。じじ昔の知人であるらしい。
須倉 歩 気の荒い整備兵

それでは第七話。南の島の寛太は...そして黒猫館で暴れる酔客にいさこがとった行動は...

今回のオープニングテーマはこちら。
「Fact that cannot be avoided ZizysaeK version」
挿入歌にこちらをどうぞ。
「晴らしき國ニッポン ー春・夏ー」/YsaeKさん。


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「水の空に眠る」

第七話 いさこの鼓

1945年7月初旬
奄美大島海辺の村

寛太は夢を見ていた…

料亭に行き、酒を飲んでいる夢だった。今年の初め頃、この店で働く娘と知り合って仲良くなり初めて足を運んだのだった。仲間が帰った後も一人座敷に残り、その娘と話し込んでいたのだが、もうそろそろ…という時間になり、美しい娘は言った。

「寛太さん、今日はどうも来て頂いてありがとうございました。」
「いえ、こちらこそ…とても楽しかったッス」

襖の陰には別の二人の娘の影があり、小声で話をしていたが寛太には聞こえなかった。
「あの人…なぎこさんのいいひとなんかな…」
「そんなことして…まこちゃん、なぎこさんに悪いよ…」
「いさこちゃんも一緒に覗いてるやん…」

座敷に居た美しい娘は酌をしようとして言った。
「あら、もうお酒なくなりそうですね、取りに行ってきましょうか?」
「あ、いえ…今日はもうこれ位で…」
「そうですか…それではまた、いらして下さいね…」
「ええ、本日はとても楽しかったッス…是非また」

そう言いながら立ち上がったが、久しぶりに気持ち良く酒が飲めたせいか、思いの他酔っていた。思わず足がもつれ、転びそうになる。
「きゃっ! 」
思わず娘は体を受け止めた。
「あの…大丈夫ですか?」
「あっ。面目ありません。大丈夫ッス。」

名残惜しかったが、少し間を置いてから肩にかけた手を離し、座敷を出ようとした。襖の影ではこっそり様子を窺っていた娘達が鉢合わせしそうになり、元気良さそうな娘は襖から一歩下がりながら慌てて言った。

「あっ、もうお帰りなんですか…もしよろしければ珈琲でも如何ですか?代用ですけど…」
かわいらしい娘達だった。廊下に居た二人の娘を優しい目で眺め、微笑みながら言った。
「そうですか…では皆様もご一緒にどうッスか?」

「駄目よそんな事言っちゃ。寛太さん御迷惑でしょ」
一緒に座敷に居た娘は少し咎めるように言ったが、
「あ、いえ自分ならまだ大丈夫ッス。代用珈琲も頂いてみたいッスから…」
自分がそう応えたのを聞いて、廊下に居た元気そうな娘は得意気に言う。
「じゃ、皆でもう少しだけ。私達もお邪魔しますね…ほら、おいで」
と、さらにもう一人の恥ずかしがりやであるらしい娘を促した。自分はいつになく愉快な気持ちになっていたせいか珍しく饒舌になり、武勇伝を面白おかしく語った。
「それで、敵兵が薮の中に潜んでるようだから見て来いって言われてッスね、おっかなビックリで近寄ったらザァって音がして、飛び出して来たのは猪だったんス」
「きゃあ」「あはは!」
それからしばらく三人の娘達と他愛無くも楽しい時間を過ごした。

寛太は夢を見ながら何故か懐かしい気持ちになっていた。ここは心地良い空間だ…

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同日夜
黒猫館

最近は統制が一層厳しくなり、戦況も旗色が悪い事が周知の事となっているらしく、黒猫館に来る兵隊達も殺伐とした雰囲気の者が多かった。ちょっとした事ですぐに喧嘩となり、宥めるのに苦労させられる事も多い。今日もなぎこ、まこ、いさこと上がっている座敷で最初は談笑していた兵隊達であったが、些細な事から大声を出して口論となる。今日は整備班長の須倉が顔を見せていた。気の荒い男で整備兵にしては珍しく搭乗員達にも物怖じせず食ってかかる男である。

「貴様!それでも軍人か!もう一度言ってみろ!」
そう搭乗員から咎められても須倉は平然とした顔付きで言い放った。
「そんな耳しててよく操縦士が勤まるな、何度でも言ってやるさ。下手な搭乗員のせいで俺達は苦労させられてる」
どうやら最近は訓練中に発動機の不調が度々あり、途中で引き返す事が良くあるらしい。
「貴様達の整備がなっとらんから訓練もロクに出来んではないか!」
「そうですかね…数も揃わない、しかも精度の悪い部品に粗悪な油脂に燃料。俺達はその中で最善を尽くしてる。俺達だからこそ今の稼働率が保ててるのさ。これ以上どうしろってんだ」
「そこを何とかするのが貴様達の務めではないか!根性が足りん証拠だ!」
「その根性とやらで…昨日も荒っぽい着陸されてましたね。車輪を破裂させた上に脚を折っちまって…おかげでこちらは徹夜で修理をさせられた」
「何だと!?それ位当然ではないか。この非国民めが!」
「そうですかね…もう特攻に出撃した人達の方がよっぽど巧かった。寛太隊員なんか大事な飛行機をすぐに壊すようなお人じゃ無かったね。どちらが非国民なんだか…」
「聞き捨てならん!やる気か貴様!ちょっと立て!」

今日もまた喧嘩が始まろうとしていた。須倉は知らない顔ではなく、なぎこが宥め、まこが仲裁に入る事でいつもなら収まるのだが今日は双方とも矛を収めず、まこが大声で制止しても効かずに次第に大人数の取っ組み合いの喧嘩に発展してしまった。卓台をひっくり返し、皿が割れる音。日頃の鬱憤が溜まっているのか酔いのせいかは解らなかったが今日の喧嘩はとても収まりそうにない雰囲気だった。

「なぎこさん、どうする?」
心配そうに話しかけるまこは、以前盆で酔客を殴って気絶させた事がある。しかし今日は大人数でとてもそんな事は危険だとなぎこは判断した。
「まこちゃん、だめ!じじさん呼んで来るから!」

なぎこは急いで階段を降り、じじの居る所へ向かった。校長先生に連絡してもらうか…以前預かり物だとか言う恩賜の短剣とやらをチラつかせて酔客を黙らせた事がある。

「じじさん、ちょっと今日のお客さん達喧嘩になっちゃって、収まりそうにないんです!校長先生に連絡した方が良いかも..」
「ああ、そうかい…」

主はなぎこの意に反し、ややのんびりと答えた後部屋の奥から何やら取り出して来た。

「校長先生は今土蔵でお楽しみだ、そんなつまらん事で邪魔しちゃ悪い。これ。いさこに渡して来な。」
「え?これって…太鼓?」
「ああ、酔客なんざ猿と一緒みたいなもんさ。後は…何とかしてくれるだろ」

さすがのなぎこも要領を得ないまま太鼓と二本の撥を持ち座敷へ戻った。

「やめて下さいー!あっ、なぎこさん…」
「ちょっと待ってて!」

まこが何とか仲裁しようと奮闘している。しかし酔いと頭に血が上っているせいか皆聞く耳を持たなかった。座敷の隅でどうして良いかわからずにいるいさこを見つけ、なぎこはとにかく持たされた物を渡した。

「いさこちゃん、これ!じじさんが渡してくれって…」
「え?」

いさこは少しキョトンとした表情であったが、太鼓と撥を受け取ると静かに頷き、大きく息を整えた後、おもむろに身構えた。

次の瞬間。太く、芯のある太鼓の音が響き渡った。

長い連打。思わず先程まで取っ組み合いをしていた皆の動きが一瞬止まる。強い、意志を持った響きに皆我にかえったように耳を奪われる。やがて強い連打は一旦小さくなり再び大きくなった後、その響きは突然速く複雑な拍子へと変貌した。全く予測が付かないその撥捌きに皆釘付けとなる。それは徐々に緩やかな動きとなり、今度は安らかな気持ちに満たされる。それは恰も母の胎内にいた時に聞いた、穏やかな胸の鼓動を思い起こさせた。先程までの喧騒が嘘のように引き、その場にいた全員が、いさこの紡ぎだす音に包み込まれて行く。やがて、静かな余韻を残していさこは撥を納めた。

最後の音を耳に残し、皆言葉を失っていた。取っ組み合いをしていた者同士が今まで何をしていたんだろう?という気配で顔を見合わせる。いさこが遠慮がちに口を開いた。

「あの…皆様いつも本当に御苦労様です…でも、私には今何もしてあげる事が出来ません…だから…」

そこで言葉を切ると、少し逡巡した後、独唱を始めた

『菜の花畠に、入日薄れ
見わたす山の端、霞ふかし…』

朧月夜だった。その心打つ…美しい歌声に皆静まった。その歌声はそれまで白と黒の色しか無く冷たかった皆の心に淡く懐かしい色彩と暖い光を灯した。親しい者や故郷を思い出し涙ぐむ者、顔を見合わせ、互いに先程までの喧騒を恥じ入り、照れ隠しに小突いたりする者。それぞれが魂に響く何かを感じ取っていた。

『我は海の子白浪の
さわぐいそべの松原に…』

続けていさこは「我は海の子」を歌った。淡い色彩はやがて色鮮やかになり、皆の心を染め上げて行った。一人..また一人と歌に加わって行く。つい先程まで取っ組み合いの喧嘩をしていた搭乗員と整備兵も最後は皆で肩を組み大合唱が座敷を包んで行った…

終宴後、帰り際に玄関先で須倉が直立不動で挨拶をした。

「本日は本当に申し訳ありませんでした。非礼な振る舞いをどうかお許し頂ければと思います。なぎこさん、まこさん、そしていさこさん。良い体験をさせて頂き誠にありがとうございます。我々には守るべき物があるのだ…改めてそう実感しております。それでは皆様、失礼致します。」

「皆様…また一緒に歌いましょうね…」
声を掛けたいさこに皆振り返ってにっこり笑って会釈した。
「待ってますからねー!絶対また来てくださいよー!」
まこが元気に声をかけた。
「皆様、どうか…是非またいらしてくださいね…」
なぎこが応える。

きちんと敬礼して帰る後姿を見送るなぎこはそっと呟いた。
「あの中の何人の方が御無事でいらっしゃるのだろうか…」

皆が帰った後館内に戻ろうとすると玄関先にじじと帰り支度をした由布の姿があった。校長先生が座敷の奥からこっそり覗いていたのを見つけていたいさこは慌てて傍へ行き会釈をした。由布は軽く頭を撫で、
「立派になったものだ…」
と一言呟きくるりと背を向けて皆に気付かれないよう帰っていった。いさこにはその言葉の意味が分からなかったがその包み込まれるような優しさだけは感じ取っていた…



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翌日、朝。
奄美大島海辺の村

目が覚めた寛太はまだ寝台の中だった。夢で見たあの場所へはかつて行った事があるような気がするが…夢は自分の失われた過去の記憶だったのだろうか…今日もまだ体が痛く、頭も痛い…しかし窓から少しだけ外が見え、海が近いらしく潮風を感じる。どうしても外の様子を見てみたい欲求にかられ、無理をして足をベッドから下した。まだ足は固定され、関節を少ししか曲げる事が出来ない。両手を寝台に付き、体の向きを変え足を床に降ろし思い切って立ち上がってみる。

「案外痛くない…俺はもう歩けるのか?」

そう思い、足を踏み出した…つもりであったが、体だけが前につんのめり、倒れそうになる。

「きゃっ!」

その時丁度様子を見に来たシオンが慌ててかけより体を支えた。

「だめじゃないですか、無理しちゃ…まだ歩ける体じゃ無いって父も言ってましたよ。」
「ああ、すまない…どうしても…もっと良く外の景色が見たくて…」
「そう…ですか…じゃあ、少しだけですよ..さ、肩につかまって下さい。」
「え?」
「そこの窓まで歩いてみましょうか?」

そう言ってシオンは寛太の腕を自分の肩にかけ、寛太の体を支えながら数歩先の窓まで一緒に歩いた。

「海がきれいでしょう?」
「ああ…きれいだ…」
「寛太さん…」
「え?」
「今は無理しないで、ゆっくり体を休めて下さいね…」
「ああ…そうだな…」

寛太はシオンの肩につかまったまま、ある思いが浮かんで来る事を抑え切れなかった。この国は今戦争をしている。自分と同じ年頃の者は徴兵され戦地に赴いているらしい…もしかしたら自分はこのまま、何も思い出さない方が良いのだろうか…

-続く-

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この物語はフィクションであり、登場する人物や団体の名称等は実在のものとは一切関係ありません...
今回のエンディングテーマはこちら。 「君十七の月ほの暗く」/yuuichikさん

あとがき
最後までお読み頂きありがとうございました。次回は「ぽとまん」編、その後は来年になるかもしれませんが「なぎこの回想」編へと続く予定です。その途中どこかでテーマ曲をCreate&Listenの方にアップしようと思っています〜!

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投稿者 スレッド
zizi
投稿日時: 2012-11-14 21:10  更新日時: 2012-11-14 21:11
登録日: 2008-4-25
居住地:
投稿数: 3257
 「水の空に眠る」第七話裏話、「アサコさんは...」
その日のスタジオで朝一番に助手達が監督に雑誌を見せながら言った。

鈴木「監督、週刊誌見ましたか?」
zizi「うむ。」
佐藤「この前の記者会見無駄でしたね。」
zizi「うむ。そのようだ。」
鈴木「監督のせいです。途中まで上手く行ってたのに最期にアサコさんと温泉旅館行ったなんて言うから..」
zizi「しかし...あれは何も無かった」
佐藤「そりゃ私達は知ってますけどね。」

そう、あの時監督は寛太がオマタさんと温泉に行ったと知り、羨ましくなって皆を誘ったが
案の定付いて来たのは鈴木と佐藤だけだった。あまりにも寂しいのでアサコさんに
連絡したらスタジオ入りしてて忙しいので夕食だけなら、との事でスタッフの運転する
車でかけつけて夕食だけ済ませてそそくさと帰って行った。滞在時間は30分だった。
それでも監督はとても嬉しかったのでつい先日の会見で口走ってしまったのだった。
しかし週刊誌を賑わすのもコマーシャルになる。とりあえず寛ちゃんの件もこれ以上
もみ消そうとせずに放置しておこうっと。

鈴木「監督、このTV情報誌のアンケート見て下さい!」

見るとなぎこ、まこ、いさこの三人がそれぞれお嫁さんにしたい女優、彼女にしたい女優、
妹にしたい女優のランキングでNo.1に、してアサコさんは女王にしたい歌手No.1の座に輝いていた。

zizi「ふむ。あの四人ならその結果も当然だろう。」
監督は自分のおかげでも無いのにさも自慢げに言った。

佐藤「監督!この雑誌見てください、寛太さんが!」
見るとバラバラ族という雑誌のアンケートで寛ちゃんは彼氏にしたい人No.1に輝いていた。

zizi「...仕方無い...この路線は...今後も続けていくしか...」

監督は最近ようやくメインタイトル曲の制作を終わったばかりで脚本の制作がやや遅れており
腹黒く考えた。年末の賞獲りレースに向けて、男性関係でも何でも良いから
寛ちゃんに話題を振りまいてもらわなちゃ...

それにアサコさんは...特別出演にも関わらず裏話で何度も登場させた挙句に
本当は天使のようにものすごく優しくて色が白くて美しいのに私の脚本のせいで
実はキツイんじゃないかとの印象を与えてしまっている...

寛ちゃん。その役は私がやらねばならない。任せておいてくれ。

こんどの放映が終わった時には九九社長に頼み込んで豪華ホテルで忘年パーティを
催してもらおう。そしてそのどさくさに紛れてアサコさんには死ぬほどお詫びしよう...
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