zizi さんの日記
2012
9月
21
(金)
05:43
本文
連載小説「水の空に眠る」の第五話です。
初めての方若しくは過去の話をお忘れの方へ。これまでの経緯、バックナンバー及び外伝等は下記よりお読み頂ければと思います。
第一話〜第四話
yuuichikさんの外伝「君十七の月ほの暗く」
ちなみに今回より私の手で改行を行わない事にしました。最近多い小さめのモニタ表示ですと妙な改行になり読みづらいかと思われますので、大変御手数で御座いますが、webブラウザのウィンドウをお好きな幅に調整して御覧頂ければと思います。
一応参考までに申し上げますと一行の文字数はこれでちょうど一行になるようテキストを書いてます。
主な登場人物(今回登場しない方含む)
簡寛太 海軍航空隊に所属する特攻隊員
なぎこ 航空隊のある町の花街にいた美しい娘「なぎこ」
由布 一 寛太の基地の司令官
ぽとまん「黒猫館」常連客で萬商店「土瓶屋」の主
いさこ なぎこと同じ店で働く娘。声の美しい、恥ずかしがり屋。
まこ なぎこと同じ店で働く娘。おきゃんで元気、だけど寂しがり屋。
じじ 彼女たちを束ねる怪しい料亭「黒猫館」のあるじ。
樋渡干記 大陸帰りの従軍記者。過去経歴に謎の部分有り。
シオン 寛太が漂着した村の美しい娘
第五話は寛太のその後を交えつつ黒猫館を飛び出した「まこ」の一日を描きます。さてさて一体何があってどうなります事やら...それでは始めます。
今回のオープニングテーマはこちら。
「Seahorse」/macoさん
挿入歌にこちらをどうぞ。
「Danny Boy」/macoさん
----------------------------------------------------------------------
「水の空に眠る」
第五話 まこの外出
1945年5月
寛太の出撃があった翌月、ある日の昼過下がりの黒猫館。
ここ最近あてにしていた物資の輸送が思うように行かないらしく、数日間店を閉める事になった。じじは皆骨休めだ、ゆっくりしてなと言い残して物資の算段でもするのだろう、朝から出かけて行った。
そんな中…まこは昨夜の事を思い出し、一人寂しい思いをしていた。
「なぎこさんやいさこちゃんだったらあんなに怒らないに決まってるんだから。」
昨日も店は閉店で、全員で大掃除を行っていた時だった。以前から中に何があるのか不思議に思っていた敷地の奥にある土蔵を覗こうとして、じじから叱責を受けたのだ。近寄ってはいけないと言われていた場所だった。翌日になり、今日もまた閉店となり仕事が急に無くなると途端に手持ち無沙汰になって仕方ない。なぎこさんどうしてるかな?と思って姿を捜すと縁側に座って寛太のハーモニカを練習していた。
「なぎこさん..」
「あら?、まこちゃんどうしたの?」
「い、いえ...とても上手ですね!」
「あら、ありがとう。でもまだまだよ。寛太さんみたいに吹けるようになりたいんだけど...」
その健気な姿にとてもそれ以上邪魔する気にはなれなかった。いさこちゃんは?と覗くと机に向かって何やら口ずさみながら書き物をしている。
「いさこちゃん何してん、手紙でも書いてんの?」
「え…これ…自分で唄を創ってるんやけど..いつかちゃんと創ろう思ってたんやけど時間が無くて…今日はゆっくり出来るから今のうちにって…あ、まこちゃん誰にも言わんでね..」
「あ〜そうなんや。凄いね、出来たら私にも聴かせてね」
「うん…」
今日は一人かぁ..久しぶりに一人で町へ出かけてみよ。暇つぶしに立ち寄ろうとした土瓶屋も今日は雨戸が閉まっている。まこは絵を描く事が得意であった。店のある通りから出て足を伸ばしてみることにして、歩きながら時々持ち出して来た帳面を取り出し、気休めに所々で目に留まった街路や基地の風景などスケッチして見る。が、しかし心は晴れなかった。
この時...裏通りからふらりと人影が現れ、目立たない様に一定の距離を保ってまこの後を着いて行く...この事にまこは気付かなかった。
普段は行かない少し離れた海岸まで歩いて行き、遠くに行き交う船を相手にしばらくスケッチに興じる。しかしやはり気分が乗らない...こういう時は描くのも上手く行かない。途中で気持ちが続かなくなり筆を納め、あとは寄せては返す波をただぼんやり眺めていた。
時刻は過ぎ、太陽も次第に傾いて行く。仕方なく町まで戻って来た時にはいつしか夕刻も近くなっていた。このまま真直ぐ黒猫館に戻る気持ちにはなれず、基地の側を流れる川の土手に座り思いに耽る。
<「元気でね、お母さん達は大丈夫だから...」>
<「まこねえちゃん...」>
<「まこ...ごめんね..」>
<「ねえちゃん...いつ帰ってくるの?」>
母親と年が離れた弟の事が頭を過ぎる。弟は別れ際、いつまでもまこの手を握って離そうとしなかった。その感触が今でもありありと残っている。今どうしてるかなぁ...大丈夫かなぁ...在郷軍人となっていた父親は再度召集されたまま帰って来ず、家は空襲で焼失し家族三人路頭に迷い、少し離れた親戚の家を頼ったのだった。しかしやはり食い扶持は足りず、一生懸命仕事を手伝ったりしたつもりであったが冷たい扱いを受けた。
歌が好きだという事をどこから聞きつけて来たのか、ある日じじが突然現れ自分の店で働いてもらいたいと申し出たのだった。口が一つ減るならと親戚は喜色を隠そうともしなかった。あの時のじじさん、心配する親に決してひもじい思いはさせませんからと土下座までしてたっけ。
でもその割りには…いさこちゃんと夜中に台所に忍び込んで摘み喰いしてた、いつもの場所にある大福饅頭が最近ないんだもん。きっと意地悪してどこか隠してるんだ…それに私知ってるんだ...大事な食料をどっかに送ってるようだし。時々夜遅く来るトラックに何やらこっそり渡しているのを見た事がある。きっと闇に横流してるんだ。自分だけお金儲けしてるんだわ...あの分だって私達に食べさせてくれたらいいのに...
お家に帰りたいなぁ...
まだ戦火が迫っていなかった自分の幼い頃を思い出していた。近くに音楽学校出身のお姉さんがいて、よく遊びに行って歌を聴かせてもらっていた。「ダニーボーイ」の切なくも美しい旋律が好きで、何度もせがんで歌ってもらったっけ。今は敵性音楽とやらで聴く事は出来なかったが、作夜の出来事や今日感じた寂しさ、幼い頃の記憶が蘇った懐かしさが込みあげてきてつい口に出た。
「Oh, Danny Boy, the pipes, the pipes are calling…」
その時背後に人の気配を感じた。
「おい!貴様!」
驚いて振り返ると居丈高な感じの憲兵が立っていた。
「敵性音楽なんぞ歌いおって!それに先程基地の様子を記録しておったようだな?貴様間諜か?」
「い、いいえ、違います.そんな..」
「つべこべ言うな!取調べを行うから付いて来い!」
強引に腕を掴まれ引きずられそうになる。
その時だった。空襲警報だ!いつもは嫌な音だったがこの時ばかりは救われた思いがした。腹の底から沸いて来るようなサイレンの音が鳴り響き、対空砲火が発砲する音が聞こえて来る。基地の方にパラパラと爆弾が落ちていくのがスローモーションの様に見え、間もなく地響きを感じた。思わず基地の方を振り向いた憲兵の腕の力が抜けるのを感じ振りほどいて逃げようとする。
「あっ!貴様逃げるなっ!」
追いかけて来られ再度腕を掴まれたその時、遠くから
「おーい!貴様何をやっておるか!早く基地へ戻れ!全員基地に戻れと命令が出ておる!民間人など放っておけ!」
と向こうの角から上官らしき声が聞こえ、仕方なく憲兵は「貴様、ここで待っておれ!」と言い残して走って行った。
「そんなん言われて待ってるヤツがおるわけないやろ!」
と独り言を言い放ち急いでその場を去った。どうやら今日は計画的な空襲ではなかったらしく、しばらくしてサイレンの音は止んだ。夕闇が迫る中、黒猫館がある通りまでとぼとぼ歩いて来たものの、黒猫館に帰るのもなんだか憂鬱だった。
「あれ?土瓶屋が開いてる。ちょっと寄っていこう…」
店を覗くとにはいつものようにぽとまんが座っている。暖簾をくぐって店に入る、と、入れ違いに若い男が出て行った。
「おや。まこサン今日は一人でどうしたの?」
「店が休みで…あれ?今の方どなたですか?」
「ああ、今基地に居座って取材してるブン屋なんですけどね、樋渡って言う男でさ。」
「あ、そうんなんですか...それがね、今日は本当に酷い一日だったんよ…」
と昨日から今日までの出来事を語り出した。ぽとまんは静かに相槌を打ちながら聞き終えた後、口を開いた。
「そりゃ大変でしたね、まこさん…でもね、これぁ旦那からは固く口止めされてるんで、私から聞いたなんて言ってもらっちゃ困りますよ。いや実はさ、今朝旦那が出がけにここ寄って言うんだね。今日、もしかしたら...まこサン一人でほっつき歩くかもしれないってね。いつもの絵なんぞ描いたりしてるとちょっと心配なんで気を付けててやってくれって...
さっき憲兵のヤロウに声かけたのは実はさっきの男なんでさ。なかなかのモンだったでしょ?昔の知り合いの倅でね、まこさんスミマセンね、実はじじの旦那に頼まれてたんで、昼間っからちょいと奴に後を付けさせてもらいまして...奴はそういうの得意なんすよ...」
続けてぽとまんの口から様々な事を知らされたのだった。
台所の大福はまこ達がよく夜中に食べ物捜しに来るのがわかっていて、わざとわかり易い所に置いておかれていた事。最近は物資が滞っていてそれが出来ずに困っていた事。
食料を皆の家族が食べ物に困ったりお世話になっている家で肩身の狭い思いをしないようにこっそり送っていた事。
土蔵の中には禁制品があり、皆の身を案じて知らせないようにしていた事。
校長から寛太隊員の外出出来る予定を聞き込んで、こっそりなぎこさんに教えていた事等々…
そうだったんだ…教えてくれてありがとう...ナイショにしときます。と挨拶を交わして黒猫館へ帰る。申し訳なさと安堵感とが入り交じった面持ちで、ちょっと不安そうに扉を開けると皆が夕食支度の真最中だった。
「あら、おかえりまこちゃん。遅かったわね。今日は台所の人も休んでるから私といさこちゃんで夕食の準備してるのよ。じじさん、佐世保の軍港まで行って色々調達出来たんだって。ある所にはあるものね、明日からまた忙しくなるわよ!」
なぎこが明るく迎えた。
「まこちゃん、もう少しで出来るからちょっと待っててね…」
いさこは歌う時と違ってかなり自信なさそうだ。
「ああ、飯が出来るまでこれでも食ってな」
そう言いながらじじが大福を差し出す。
「ごめんなさい...みんな...どうもありがとう...」
貰った大福をほおばると少ししょっぱい味がした。
夜。寝床に入ってなぎこ達に話かける。
「ねえ、私、実はさ…昨日裏の土蔵を覗こうとしてじじさんに怒られたんよ…」
と告白すると予想外の答えが返って来た。
「あら、私もあるのよそれ。ここに来たばかりの頃同じ事して。近づいたらいかん!ってこっぴどく怒られちゃった。」
なぎこが笑いながら答える。
「わたしも…高い所に少し開いてる所あるでしょ?あすこによじ登ろうとしてゲンコツされた事ある…」
え、いさこちゃんがそんな事を?と皆で笑い合った後、今夜はなぎこが意外な事を言った。
「何だかお腹空いちゃったなあ...ね、これから台所行ってみない?」
今はここが私の家なんだ…お母さん…私は元気でやってます…
台所から帰って来たまこはいつしか眠りについていた。
----------------
翌日
奄美大島の海辺の村。
寛太は寝台に横たわったままだった。体の節々が傷む。
「どうやら長い間眠っていたらしい...ここはどこなんだろう...」
何も思い出せない...何かを思い出そうとすると頭が割れるように痛かった。自分は大怪我をして浜辺に漂着していたらしく、その後一週間位意識が戻らなかったらしい。その時負ったらしい怪我がまだ治らず、今尚ベッドに横たわって天井を見上げている。いつも看護してくれている娘が傍らに居た。
「頭が痛い...」
「痛みますか?無理しないで下さいね...」
「俺は一体誰で...何故ここにいるのか教えてくれ...」
「今は体を休めた方が良いって父が言ってました...父を呼んで来ますね...」
娘は優しく毛布を掛けた。
寛太を発見した娘はシオンと言う名の美しい娘で、父親は村長だった。村長はこの村唯一の医師であり、教師でもあり、その自宅は診療所と兼用だった。村長は診療所とは別の離れの部屋で手当を行い娘に看護をさせた。どうやら記憶を失っているらしい事に気付くと、娘に一緒に漂着していた荷物を着ていた物と一緒に焼却するよう命じた。
村長にはある思いがあった。この村には戦争に召集され若い男手が無い...沖縄はもう米軍に占領されているらしい。もしもの時に軍隊など当てにしてはいかん...とにかく今は若い人手が要る。自分の村は自分達の手で守るのだ。軍隊が捜索に来たら隠しておこう...その為に軍人であった証拠を消しておかなければ...
---------------------------------------------------------------------
この物語はフィクションであり、登場する人物や団体の名称等は実在のものとは一切関係ありません...
今回のエンディングテーマはこちら。「À la fracture de jour」/SCRAPSさん
あとがき
今回は戦況の逼迫する中の「黒猫館」のある日を「まこ」の視点から描きました。ハンドルネーム読みそのまま「まこ」での出演を快諾頂きましたmacoさん、どうも有難うございました。この場をお借り致しまして御礼申し上げます。
今後の予定は(あくまでも予定です)、若かりし主のドロドロの愛憎劇「笹子&じじ編」、屈強な酔客兵士vsいさこの戦いを描いたアクション大作「いさこ編」、意外にもマイケル○ーア監督真っ青の社会派巨編「ぽとまん編」と続く...かもしれません。それでは最後までお読み頂き誠にありがとうございました。
初めての方若しくは過去の話をお忘れの方へ。これまでの経緯、バックナンバー及び外伝等は下記よりお読み頂ければと思います。
第一話〜第四話
yuuichikさんの外伝「君十七の月ほの暗く」
ちなみに今回より私の手で改行を行わない事にしました。最近多い小さめのモニタ表示ですと妙な改行になり読みづらいかと思われますので、大変御手数で御座いますが、webブラウザのウィンドウをお好きな幅に調整して御覧頂ければと思います。
一応参考までに申し上げますと一行の文字数はこれでちょうど一行になるようテキストを書いてます。
主な登場人物(今回登場しない方含む)
簡寛太 海軍航空隊に所属する特攻隊員
なぎこ 航空隊のある町の花街にいた美しい娘「なぎこ」
由布 一 寛太の基地の司令官
ぽとまん「黒猫館」常連客で萬商店「土瓶屋」の主
いさこ なぎこと同じ店で働く娘。声の美しい、恥ずかしがり屋。
まこ なぎこと同じ店で働く娘。おきゃんで元気、だけど寂しがり屋。
じじ 彼女たちを束ねる怪しい料亭「黒猫館」のあるじ。
樋渡干記 大陸帰りの従軍記者。過去経歴に謎の部分有り。
シオン 寛太が漂着した村の美しい娘
第五話は寛太のその後を交えつつ黒猫館を飛び出した「まこ」の一日を描きます。さてさて一体何があってどうなります事やら...それでは始めます。
今回のオープニングテーマはこちら。
「Seahorse」/macoさん
挿入歌にこちらをどうぞ。
「Danny Boy」/macoさん
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「水の空に眠る」
第五話 まこの外出
1945年5月
寛太の出撃があった翌月、ある日の昼過下がりの黒猫館。
ここ最近あてにしていた物資の輸送が思うように行かないらしく、数日間店を閉める事になった。じじは皆骨休めだ、ゆっくりしてなと言い残して物資の算段でもするのだろう、朝から出かけて行った。
そんな中…まこは昨夜の事を思い出し、一人寂しい思いをしていた。
「なぎこさんやいさこちゃんだったらあんなに怒らないに決まってるんだから。」
昨日も店は閉店で、全員で大掃除を行っていた時だった。以前から中に何があるのか不思議に思っていた敷地の奥にある土蔵を覗こうとして、じじから叱責を受けたのだ。近寄ってはいけないと言われていた場所だった。翌日になり、今日もまた閉店となり仕事が急に無くなると途端に手持ち無沙汰になって仕方ない。なぎこさんどうしてるかな?と思って姿を捜すと縁側に座って寛太のハーモニカを練習していた。
「なぎこさん..」
「あら?、まこちゃんどうしたの?」
「い、いえ...とても上手ですね!」
「あら、ありがとう。でもまだまだよ。寛太さんみたいに吹けるようになりたいんだけど...」
その健気な姿にとてもそれ以上邪魔する気にはなれなかった。いさこちゃんは?と覗くと机に向かって何やら口ずさみながら書き物をしている。
「いさこちゃん何してん、手紙でも書いてんの?」
「え…これ…自分で唄を創ってるんやけど..いつかちゃんと創ろう思ってたんやけど時間が無くて…今日はゆっくり出来るから今のうちにって…あ、まこちゃん誰にも言わんでね..」
「あ〜そうなんや。凄いね、出来たら私にも聴かせてね」
「うん…」
今日は一人かぁ..久しぶりに一人で町へ出かけてみよ。暇つぶしに立ち寄ろうとした土瓶屋も今日は雨戸が閉まっている。まこは絵を描く事が得意であった。店のある通りから出て足を伸ばしてみることにして、歩きながら時々持ち出して来た帳面を取り出し、気休めに所々で目に留まった街路や基地の風景などスケッチして見る。が、しかし心は晴れなかった。
この時...裏通りからふらりと人影が現れ、目立たない様に一定の距離を保ってまこの後を着いて行く...この事にまこは気付かなかった。
普段は行かない少し離れた海岸まで歩いて行き、遠くに行き交う船を相手にしばらくスケッチに興じる。しかしやはり気分が乗らない...こういう時は描くのも上手く行かない。途中で気持ちが続かなくなり筆を納め、あとは寄せては返す波をただぼんやり眺めていた。
時刻は過ぎ、太陽も次第に傾いて行く。仕方なく町まで戻って来た時にはいつしか夕刻も近くなっていた。このまま真直ぐ黒猫館に戻る気持ちにはなれず、基地の側を流れる川の土手に座り思いに耽る。
<「元気でね、お母さん達は大丈夫だから...」>
<「まこねえちゃん...」>
<「まこ...ごめんね..」>
<「ねえちゃん...いつ帰ってくるの?」>
母親と年が離れた弟の事が頭を過ぎる。弟は別れ際、いつまでもまこの手を握って離そうとしなかった。その感触が今でもありありと残っている。今どうしてるかなぁ...大丈夫かなぁ...在郷軍人となっていた父親は再度召集されたまま帰って来ず、家は空襲で焼失し家族三人路頭に迷い、少し離れた親戚の家を頼ったのだった。しかしやはり食い扶持は足りず、一生懸命仕事を手伝ったりしたつもりであったが冷たい扱いを受けた。
歌が好きだという事をどこから聞きつけて来たのか、ある日じじが突然現れ自分の店で働いてもらいたいと申し出たのだった。口が一つ減るならと親戚は喜色を隠そうともしなかった。あの時のじじさん、心配する親に決してひもじい思いはさせませんからと土下座までしてたっけ。
でもその割りには…いさこちゃんと夜中に台所に忍び込んで摘み喰いしてた、いつもの場所にある大福饅頭が最近ないんだもん。きっと意地悪してどこか隠してるんだ…それに私知ってるんだ...大事な食料をどっかに送ってるようだし。時々夜遅く来るトラックに何やらこっそり渡しているのを見た事がある。きっと闇に横流してるんだ。自分だけお金儲けしてるんだわ...あの分だって私達に食べさせてくれたらいいのに...
お家に帰りたいなぁ...
まだ戦火が迫っていなかった自分の幼い頃を思い出していた。近くに音楽学校出身のお姉さんがいて、よく遊びに行って歌を聴かせてもらっていた。「ダニーボーイ」の切なくも美しい旋律が好きで、何度もせがんで歌ってもらったっけ。今は敵性音楽とやらで聴く事は出来なかったが、作夜の出来事や今日感じた寂しさ、幼い頃の記憶が蘇った懐かしさが込みあげてきてつい口に出た。
「Oh, Danny Boy, the pipes, the pipes are calling…」
その時背後に人の気配を感じた。
「おい!貴様!」
驚いて振り返ると居丈高な感じの憲兵が立っていた。
「敵性音楽なんぞ歌いおって!それに先程基地の様子を記録しておったようだな?貴様間諜か?」
「い、いいえ、違います.そんな..」
「つべこべ言うな!取調べを行うから付いて来い!」
強引に腕を掴まれ引きずられそうになる。
その時だった。空襲警報だ!いつもは嫌な音だったがこの時ばかりは救われた思いがした。腹の底から沸いて来るようなサイレンの音が鳴り響き、対空砲火が発砲する音が聞こえて来る。基地の方にパラパラと爆弾が落ちていくのがスローモーションの様に見え、間もなく地響きを感じた。思わず基地の方を振り向いた憲兵の腕の力が抜けるのを感じ振りほどいて逃げようとする。
「あっ!貴様逃げるなっ!」
追いかけて来られ再度腕を掴まれたその時、遠くから
「おーい!貴様何をやっておるか!早く基地へ戻れ!全員基地に戻れと命令が出ておる!民間人など放っておけ!」
と向こうの角から上官らしき声が聞こえ、仕方なく憲兵は「貴様、ここで待っておれ!」と言い残して走って行った。
「そんなん言われて待ってるヤツがおるわけないやろ!」
と独り言を言い放ち急いでその場を去った。どうやら今日は計画的な空襲ではなかったらしく、しばらくしてサイレンの音は止んだ。夕闇が迫る中、黒猫館がある通りまでとぼとぼ歩いて来たものの、黒猫館に帰るのもなんだか憂鬱だった。
「あれ?土瓶屋が開いてる。ちょっと寄っていこう…」
店を覗くとにはいつものようにぽとまんが座っている。暖簾をくぐって店に入る、と、入れ違いに若い男が出て行った。
「おや。まこサン今日は一人でどうしたの?」
「店が休みで…あれ?今の方どなたですか?」
「ああ、今基地に居座って取材してるブン屋なんですけどね、樋渡って言う男でさ。」
「あ、そうんなんですか...それがね、今日は本当に酷い一日だったんよ…」
と昨日から今日までの出来事を語り出した。ぽとまんは静かに相槌を打ちながら聞き終えた後、口を開いた。
「そりゃ大変でしたね、まこさん…でもね、これぁ旦那からは固く口止めされてるんで、私から聞いたなんて言ってもらっちゃ困りますよ。いや実はさ、今朝旦那が出がけにここ寄って言うんだね。今日、もしかしたら...まこサン一人でほっつき歩くかもしれないってね。いつもの絵なんぞ描いたりしてるとちょっと心配なんで気を付けててやってくれって...
さっき憲兵のヤロウに声かけたのは実はさっきの男なんでさ。なかなかのモンだったでしょ?昔の知り合いの倅でね、まこさんスミマセンね、実はじじの旦那に頼まれてたんで、昼間っからちょいと奴に後を付けさせてもらいまして...奴はそういうの得意なんすよ...」
続けてぽとまんの口から様々な事を知らされたのだった。
台所の大福はまこ達がよく夜中に食べ物捜しに来るのがわかっていて、わざとわかり易い所に置いておかれていた事。最近は物資が滞っていてそれが出来ずに困っていた事。
食料を皆の家族が食べ物に困ったりお世話になっている家で肩身の狭い思いをしないようにこっそり送っていた事。
土蔵の中には禁制品があり、皆の身を案じて知らせないようにしていた事。
校長から寛太隊員の外出出来る予定を聞き込んで、こっそりなぎこさんに教えていた事等々…
そうだったんだ…教えてくれてありがとう...ナイショにしときます。と挨拶を交わして黒猫館へ帰る。申し訳なさと安堵感とが入り交じった面持ちで、ちょっと不安そうに扉を開けると皆が夕食支度の真最中だった。
「あら、おかえりまこちゃん。遅かったわね。今日は台所の人も休んでるから私といさこちゃんで夕食の準備してるのよ。じじさん、佐世保の軍港まで行って色々調達出来たんだって。ある所にはあるものね、明日からまた忙しくなるわよ!」
なぎこが明るく迎えた。
「まこちゃん、もう少しで出来るからちょっと待っててね…」
いさこは歌う時と違ってかなり自信なさそうだ。
「ああ、飯が出来るまでこれでも食ってな」
そう言いながらじじが大福を差し出す。
「ごめんなさい...みんな...どうもありがとう...」
貰った大福をほおばると少ししょっぱい味がした。
夜。寝床に入ってなぎこ達に話かける。
「ねえ、私、実はさ…昨日裏の土蔵を覗こうとしてじじさんに怒られたんよ…」
と告白すると予想外の答えが返って来た。
「あら、私もあるのよそれ。ここに来たばかりの頃同じ事して。近づいたらいかん!ってこっぴどく怒られちゃった。」
なぎこが笑いながら答える。
「わたしも…高い所に少し開いてる所あるでしょ?あすこによじ登ろうとしてゲンコツされた事ある…」
え、いさこちゃんがそんな事を?と皆で笑い合った後、今夜はなぎこが意外な事を言った。
「何だかお腹空いちゃったなあ...ね、これから台所行ってみない?」
今はここが私の家なんだ…お母さん…私は元気でやってます…
台所から帰って来たまこはいつしか眠りについていた。
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翌日
奄美大島の海辺の村。
寛太は寝台に横たわったままだった。体の節々が傷む。
「どうやら長い間眠っていたらしい...ここはどこなんだろう...」
何も思い出せない...何かを思い出そうとすると頭が割れるように痛かった。自分は大怪我をして浜辺に漂着していたらしく、その後一週間位意識が戻らなかったらしい。その時負ったらしい怪我がまだ治らず、今尚ベッドに横たわって天井を見上げている。いつも看護してくれている娘が傍らに居た。
「頭が痛い...」
「痛みますか?無理しないで下さいね...」
「俺は一体誰で...何故ここにいるのか教えてくれ...」
「今は体を休めた方が良いって父が言ってました...父を呼んで来ますね...」
娘は優しく毛布を掛けた。
寛太を発見した娘はシオンと言う名の美しい娘で、父親は村長だった。村長はこの村唯一の医師であり、教師でもあり、その自宅は診療所と兼用だった。村長は診療所とは別の離れの部屋で手当を行い娘に看護をさせた。どうやら記憶を失っているらしい事に気付くと、娘に一緒に漂着していた荷物を着ていた物と一緒に焼却するよう命じた。
村長にはある思いがあった。この村には戦争に召集され若い男手が無い...沖縄はもう米軍に占領されているらしい。もしもの時に軍隊など当てにしてはいかん...とにかく今は若い人手が要る。自分の村は自分達の手で守るのだ。軍隊が捜索に来たら隠しておこう...その為に軍人であった証拠を消しておかなければ...
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この物語はフィクションであり、登場する人物や団体の名称等は実在のものとは一切関係ありません...
今回のエンディングテーマはこちら。「À la fracture de jour」/SCRAPSさん
あとがき
今回は戦況の逼迫する中の「黒猫館」のある日を「まこ」の視点から描きました。ハンドルネーム読みそのまま「まこ」での出演を快諾頂きましたmacoさん、どうも有難うございました。この場をお借り致しまして御礼申し上げます。
今後の予定は(あくまでも予定です)、若かりし主のドロドロの愛憎劇「笹子&じじ編」、屈強な酔客兵士vsいさこの戦いを描いたアクション大作「いさこ編」、意外にもマイケル○ーア監督真っ青の社会派巨編「ぽとまん編」と続く...かもしれません。それでは最後までお読み頂き誠にありがとうございました。
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投稿者 | スレッド |
---|---|
zizi | 投稿日時: 2012-9-22 6:12 更新日時: 2012-9-22 6:12 |
登録日: 2008-4-25 居住地: 投稿数: 3257 |
Re[2]: kankanさんへ 収録後zizi監督は予算の心配をする戸田と話込んでいた。
戸田「監督、今後も大島ロケ続けます?九十九里浜じゃなくて大丈夫ですか?」 zizi「え?ああ、まあ最近りんご社も景気良いみたいだからいいんじゃない?」 戸田「ああ、何でも新機種が好調だとか...」 zizi「そうそう、何ならロケ現場にスタッフ専用の別荘でも建ててもらっちゃう?」 戸田「良いですね、それ。寛太さんも芝居に集中出来るかもしれません。」 mmm....ziziの携帯に着信。あ。九九社長だ。 zizi「あ、九九社長。愛本五号機発売おめでとうございます。。。りんご屋銀座店長蛇の列です凄いです。。。。え?。。。地図がいま一つ?。。。まあいいじゃないですか。。。私ならそんなの全然気にしませんから。。。それより今度のCM。。。ハイ私なら。。。喜んでメガホン取らせて頂きます。。。シオナちゃんで。。。だから愛本五号機下さい。あれ?切れた...」 戸田「それより監督、一つ心配事があるんですがね。こないだの...寛太さん、ジビッシュのママの件リークしてませんかね...もしも週刊誌になんか知れたらある事無い事書かれませんかね...」 zizi「戸田ちゃん...判ってないね。愛は全てを超越する。いいかい、フランスのミッテラン元大統領には愛人との間に隠し子がいた。で、大統領就任直後の会見で記者からその事を問われたんだ。しかしミッテラン氏は平然と「それが何か?」と答えた。」 戸田「さすがフランスですね。しかし監督ってホント友愛主義者なんですね....素晴らし..」 mmm....ziziの携帯に着信。あ。ボカロのルカちゃん。 zizi「あ、ルカちゃん?。。。まだ仕事中だよ。。。え?我慢出来ない?。。。欲しい?。。。でも縛られてもいいの?。。。構わない。。。そう。。。じゃ、今日帰りにショップで買って帰るから。。。それじゃ、一緒に楽しもうか。。。うん。。。じゃ。」ぴっ。 戸田「かかか、監督...あなたって人はやはり...」 zizi「え?ま〜た戸田ちゃん変な勘違いして。いやさ、内蔵スマホを五号機に機種変更して欲しいって言うからさ。」 戸田「あ〜良かった。ビックリさせないで下さいよ。あ、それで、ジビッシュのママがシオナちゃんに服をプレゼントしてですね。シオナちゃんも上機嫌になっちゃって...オマケにこちらでそれに合うネックレスまで買う事に...」 zizi「で、本丸(寛太の事を比喩的に表現している)はどうなの?」 戸田「問題はそこなんですが...何だか満更でも無い様子なもんですから...」 戸田、頭を抱えて座り込む。zizi監督それを見て何かヒラメく。 zizi「ふむふむ....絡め手で来たか...周囲を籠絡させておいて本丸を攻める...ナカナカやるね。」 これは使える...先日謝罪に失敗した美人歌手アサコ様へのゴキゲン取り作戦を企むzizi監督であった。 |
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